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春も間近いヨコハマの夜を、唐突に騒がせた案件 これ在りて。
この時期にありがちな ボヤ騒ぎでもなけりゃあ、
ちょいと不穏な土地ならではの半グレ同士の喧嘩でもない。
それは唐突で いかにも不意打ち、
闇から湧き出した何かとしか思えないほどに
気配もなく近づいてきた何者かに、
擦れ違いざま いきなり斬りかかられたと市警の屯所へ駆け込む被害者が続出し。
先にも述べたがどの被害者も ごくごく普通の一般人で
半グレだのチンピラだのという揮発性の高い人種なわけじゃあない。
人へ刃物を振り回すよな物騒な知人なんていないし、
誰ぞから其処まで恨まれてる覚えなんて もっとない。
そりゃあ多少は反目している相手もいなくはないけれど、
問答無用と切りかかられるような こうまで危険な間柄じゃあないはずと。
どの被害者に問うても完全に寝耳に水な事態だと証言するばかりであり。
ざっと身元も浚ったが 襲われた方々には共通点なんてないようで、
これはいわゆる通り魔で、誰彼構わずという無差別襲撃じゃあないだろかと、
軍警や市警の所轄署による一応の捜査方針も定まりつつあるのだとか。
花見の酔客が羽目を外したにしちゃあ早すぎるし、
予餞会帰りの卒業生たちによる暴走や痴態だとするにも過激が過ぎる。
救急車をたんと呼んだり、以降の地域警邏を厳重にしたり、
被害者への聞き込みをしたりは所轄の警察に任せるとして。
いきなり何なんだろねぇと、何の前触れもない騒ぎだったことへ、
裏社会やそういったやんちゃ系にも情報網は持ってる探偵社各位が怪訝そうにしていたが、
『気づいたことがあるにはあるけれど。』
それを幸いと言っちゃあいけないのだろうが、
駆り出された武装探偵社の人員がほぼ女性陣だったから思ったことが一つあると。
理系男子でそれはクールなイケメン、
実は患者を解体するのが だぁい好きな与謝野先生が、ちょっぴりシビアな表情で言うことにゃ、
『そういや与謝野さんって、こっち篇では男性なのに晶子さんなんですね。』
『鏡花くんは そもそも男性作家さんだからともかく。』
『ナオミくんはまだセーフ…?』
『あのねぇ。
治や諭吉、安吾なんて名乗ってる女性キャラがいるんだ、
そんなの今更じゃあないか。』
春野さんなんて綺羅子さんだ。(笑)
…ってか、思いきりメタ発言して脱線しない。
『確かに被害者に共通点はない。
お互いに知己同士でもなし、年齢や生活圏も職業もかぶらない。
行動範囲は、まあヨコハマでそんな時間帯に夜道歩いてた程度には
夜遊びにも縁がなくはないようだが、
それを言ったら世の男衆はほぼ当てはまってしまうようなレベルだし。』
此処まではさらりと言ってのけた先生だったが、此処からやや目許を眇めると、
『ただ。警察の調書にも記載されてはなかった、
自己申告を記した級の身上では見えなかった共通点があるらしくってさ。』
ややもすると挑発的な貌で、そんな意味深な言い回しをし始めて…。
◇◇◇
昨日の今日という言い方があるが、
昨夜あんなことがあったんだからと気を付けるのは、その昨晩にひどい目に遭った連中くらいのもので。
詳細が不明すぎるため、まだ公にはどういう事態かあんまり広く公言していなかったので、
世間様には “夜半に相次いで襲撃された人が出た”という程度のニュースしか流れてはない。
なので、
「……でよぉ。」
「マジかよそれ、ウケるなんてもんじゃねぇって。」
ドラマや小説じゃあるまいし、
そんなドラマチックな出来事なんて自分の身にはまずは降って来ないと思うてか。
刃物が出て来たほどの危ない話だというに さして警戒もしないまま、
新たな都市伝説の初端なら自分も立ちやってやるべえくらいの把握しか持たず、
人通りもない夜の場末で、さして用もないままに屯ろしてる連中がおり。
気の利いたところで温まれるよな資金もないか、
垢抜けないがそれがイマドキ風と思うてか、それともシティファッションを気取ってか、
何処の質流れなのやら いかにもな古着のジャケットの襟を立て、
紙巻きたばこや缶コーヒーなぞを口元へと運びつつの、
ポケットへ手を突っ込んでという、いかにも胡乱な若いのが数人ほど、
向かい合う格好で何やらつまらない自慢話なぞ繰り広げている模様。
時折肩やら背中やらをどやしつけ合い、行儀の悪い胴間声でガハガハと笑っていたものが、
「…お。」
ふと、その中の一人が視線を外したその先に何か見つけたらしくって、
隣りを肘でつつき、向かい合う輩には何やらにやけた目線を送る。
そんなして意をまとめてから、
「もしかして道に迷ったのかな、お姉さん。」
辺りをきょろきょろ見回しながらという恐る恐るな足取りや、
水商売系と紙一重のしどけないいでたちでもなけりゃあ
迂闊に触ったら怪我するよというよな弾けた硬派系でもない。
昼間の商業エリアや駅前なんぞにザラに居そうな
健全で一般的な装いの若い女性が迷い込んで来たものへ、
目ざとく気付いたそのまま、退屈しのぎにちょっかいかけてやろうぜというノリで、
数人いた顔ぶれが それはそれは手際よく
警戒されないよう、だが、場慣れした様子で
左へ右へさりげなく立ち位置を移して囲い込みに掛かる。
「まだそんな遅い時間じゃあないけどさ。
そのままこっち来ちゃうと大通りや駅から離れるばっかだぜ?」
そういう見当違いなところだなんて見りゃあ判る暗がりに立ってる輩たちから
微妙に懐っこい声を掛けられたが、それへこそ警戒したものか
女性は外套を羽織った肩をすくませると反射的な動作でだろう、一歩ほど後ずさりをした。
「ありゃまあ、嫌われちゃってるよ、俺ら。」
「そりゃそうだろさ、こんな夜中に屯ろしてりゃあな。」
ふふんと含み笑いをしつつ、振り切られてなるものかと、
長外套の側線へ垂らされていた共布のベルトを何気なく一人が掴む。
まだ気づかれちゃあヤバいものか、最初に話しかけていたリーゼント崩れの男が
相手の顔を見定めようとしてふと気づいたのが、
相手の女性が結構 長身なこと。
ややもすると おっかなびっくり、肩をすぼめていた態度で小さく頼りなく見えたものの、
もうちょっと間近へ近寄ろうとしかかって気が付いた。
あれ、自分とあんま変らねぇんじゃね?と。
そこからするすると何やら思い出したらしく、
キョトンとしかかっていた顔が、微妙に…何やら小意地の悪そうなにやけ顔となり。
「なあ、もしかしてあんた、前に俺らに会ってないか?」
囁くような物言いになったのが、いやに薄気味悪く聞こえたか、
「〜〜〜。」
女性は見るからに嫌がって、ますますと肩をすぼめたが、
そんな様子から男らの側は逆に図に乗ってしまったらしく、
「ほら、あんときも怖がって逃げちゃっただろ?」
「ああそっか、あのお姉さんか。」
「可哀想に靴を忘れってって、シンデレラみたいでさ。」
他の面々も思い出したものか、この女性に見覚えがあると口々に言い並べる。
「そりゃあ別嬪さんだったから声掛けたのにさぁ。」
濃い色のくせっ毛は背中の中ほどまで掛かっており、
カーキ色の長外套が均整のとれた肢体には良く映えていて。
やや暗がりの中でも淑として端正な面差しや
頼りなさげに瞳が震えると どこか放ってはおけなくなるような色香を振り撒く目許とか。
しっとりと淑やかで品がありつつも、
それでいて理知的でお行儀のよさげな雰囲気もたたえていてと。
成程、蓮っ葉でお元気な今時のお嬢さんとはどこか質の違う女性らしさを持つがゆえ、
ひょいとひねれるとでも思ったのだろうに、残念ながら逃げられた対象だったらしくって。
「可哀想なのは俺たちもだぜ?」
「そうそう、何を勘違いされたやら。」
「ただ仲良くしたかっただけだったのにさ。」
口々に言われ、逃げるように視線を逸らした彼女だったのへ、
そうはいかないよと顎と頬に手をやり視線を戻させる。
ふいに触れられ震えた感触が伝わって、それがまた男の弑逆性を煽ったが、
「ああ、やっぱりあんたも異能持ってるね。
知らなかった? たまに不思議なことが出来る人がいてさ。
それぞれで種類は違うんだけど、
俺もただ触っただけで丈夫な布でも引きちぎれちゃうんだよね。」
細い顎へと添えていた手がその奥の首元へ滑り込み、
スカーフに触れた途端、ハラハラとシルクの端切れが胸元へ落ちて。
「あんたがどういう異能持ちかは知らないけど。
この人数を相手になんとかなるよな……。」
殊更に言葉を尽くして掻き口説いていたものが
嵩にかかって言いつのってた口調となり、
それが此処にきてやや粘りつくよなトーンになったのは、
もう逃がしゃあしねぇという余裕が出たからか。だが、
「え? ……ぎゃっ!」
ザッという音がしたような気がした突風が不意に襲い来て、
女性に馴れ馴れしく歩み寄っていた男の後背から、
目にも止まらぬ勢いつけた何かが吹き付け、ジャケットの襟をはためかせたのを感じた次の瞬間、
冷たいような熱いような不思議な感触がし、
そのまま “え?”と感じた違和感を埋めるような激痛が溢れ出す。
痛みと共に生暖かいものもあふれていて、それが大量の出血だと判ったのは周りにいた仲間らで。
何かが首と肩の間あたりを引き裂いた結果であるらしく、
向かい合ってた女性ではない、むしろ自分たちの背後からだと、
そこは気づいてそれなりに腰を落としつつ身構える彼らだったが、
「シマのうちだから気が大きくなっているのか、
逃げないのは大したものだが やめといた方がいい。
君らでは歯が立つ相手ではないのだから。」
そんな声がし、女性のそれだったため、今まで絡んでいた相手を振り返ったものの、
彼女はただへなへなと座り込んでいるばかりで。
いやに威勢のいい啖呵を切った存在は彼らの立ってた通りの端、路地に身を潜めていたらしく。
かつりという硬い靴音させて姿を現すと同時、
「敦くん。」
「はい。」
誰へだか声を掛ければ、白っぽい何かが疾風の如く飛び出してきて、
彼らに触れもせで突っ込んだそのまま通り過ぎた先、
それは手際よく、小柄な年少さんだというのにひょいと年上のお嬢さんを姫抱きにして
離れたところへとあっさり退避している手際のよさであり。
「え?え?」
「な、何だ今の。」
傷を負ったらしい首へと手を当てて、
へたり込んでのうずくまり、痛い痛いと呻くお仲間も放り出したまま、
キョトンとして放心しかかる連中なのへ。
いかにも “やれやれしょうがないねぇ”と言いたげに肩をすくめて見せた、
あとから出て来たほうのお姉さま。
そちらも砂色の長外套をまとっており、
この暗がりの中では先に現れた彼女とどこか似た風貌に見えなくもなかったが、
胸高に腕を組んでのやや居丈高な態度はまるきり違ったし、
悠然としたままで、ふと…眼前に居る輩を見やりつつも彼らへではないような声を発した。
曰く、
「キミも、大きに人違いというか、勘違いして暴走してるんじゃあないよ、
えーっと、のすけちゃん?」
馴れ馴れしくも最初に現れた女性へと声を掛けた与太者に
そりゃあ凄まじい威力のかまいたちの様な何かで襲い掛かった気配の主へ、
背中を向けたままでそんな風に呼びかけた、獅子のような蓬髪のお姉さまであり。
そんな彼女を見やってた白の少女もまた、そちらの闇だまりへと視線を移して じいと見やっておれば、
「…どうして貴女が居合わせているのですか?」
少々硬い声がして。
闇の中から滲み出すように現れたのもまた、
白皙の美少女と呼んでいいだろう、黒衣の可憐痩躯な女の子だった。
to be continued.(20.02.28.〜)
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*ぶつ切りで書いているので、
少々ややこしい構成になってしまっててすいません。
さすが、乱歩さんに次ぐ切れ者なお姉さまで、
黒獣の姫が何をどう思い、あぶない種の行動をしていたか、
昨日のうちにも あっさり見抜いて、こういうお膳立てまで仕立ててたらしいということで。

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